第24回

知的好奇心を探求する海

古見 きゅう
水中写真家
ジンベエザメ
ジンベエザメ
はじめて訪れたガラパゴス諸島で出合った巨大なジンベエザメ。ゆっくりと泳いでいるように見えても、こちらは全速力で泳がないとついていけないほど速かった。
オーストラリアアシカ
オーストラリアアシカ
西オーストラリアのカーナック島の周辺は若い雄のオーストラリアアシカが集まってくる無人島。奪い合う雌がいないため、みんなのんびりと暮らしている。笑顔が良いですね。
クロトガリザメ
クロトガリザメ
ガラパゴス諸島でダイビングに出かける小さなゴムボートにずっとついてきたクロトガリザメ。水面に背ビレを出し、ボートと並走しているところカメラだけ水に突っ込み撮影。
テンスとチンアナゴ
テンスとチンアナゴ
石垣島の周辺の砂地にはチンアナゴがたくさんみられる。その周りを木の葉のようにヒラヒラと泳ぐテンスの幼魚が、何かを問いかけるようにチンアナゴの目の前で一瞬立ち止まるのが印象的だった。
アオウミガメ
アオウミガメ
宮古島での撮影中、写真右のアオウミガメと出合い、しばらく伴走しながら泳いでいるとスーッと水底方面へ下降をはじめ、岩陰に着底したところには同じサイズのアオウミガメが。頭を軽くこすりながら挨拶をしているようなカメ同士のスキンシップだったのか。

2024年2月1日

水中写真家という職業柄、年がら年中海に出かける。東京の専門学校でスキューバダイビングのインストラクターの資格を取得し、卒業後は本州最南端の町、和歌山県串本町でダイビングガイドとして、プロダイバーのキャリアを積んだ。そこで水中写真を学び、日夜、時間を見つけてはカメラを持って潜り、撮影に没頭し、ひたすら魚たちの表情を写真に収めていった。そして、故郷の東京に戻り、2003年からフリーランスの水中写真家として活動を始めた。
その頃の僕は20代前半とまだ若く、伊豆や和歌山の海でダイバーとして育ってきたので、海外の知識も経験もない。ダイビング専門誌などで見る世界の海や未だ見ぬ魚たちに憧れを抱きつつ、国内の海で自らテーマを探して企画を練り、出版社への売り込みを繰り返し、プロとしてのキャリアを積み上げていった。
数年かけてコツコツと仕事を続けていくと、いつしか雑誌社から海外での撮影依頼も舞い込むようになってきた。そこからは、怒涛のような旅路が始まることとなる。インドネシアに2週間滞在し撮影、帰国途中の機内で原稿を書き上げ、成田で出版社へ送信。そのまま空港でシャワーを浴びて、モルディブへ飛び1週間の撮影。戻ったらその足で沖縄へ飛び、撮影し、帰りは関西で降りて、和歌山の海へ。そして、新幹線で東京に戻り、羽田からまた海外へ。
というような感じで、今思い出しても目が回るようなスケジュールで、世界各地の海を潜ってきたが、まだ若く多感な時期にそのような経験ができ、本当に恵まれていたのだと思う。ずっと憧れていた、地球の反対側のガラパゴス諸島にも長く滞在し、毎日生き物まみれになりながら撮影をすることができたり、地球上で最も無線が届かないという噂のコロンビアの絶海の孤島マルペロ島を潜る機会などもあった。
体長10mを優に超す巨大なジンベエザメとの遭遇に興奮し、大河のように大きな群れをなすハンマーヘッドシャークに包まれ、ミサイルのように丸々と太ったマグロの突進に慄き、タタミ四畳半はありそうなマンボウの周りを付きまとうアシカの無邪気な表情に癒され、ザトウクジラの唄う歌が心に響いた。
陸上にいると、自分よりも大きな生物に出会う機会はほとんどないのだが、ひとたび海の中に入れば、人間など文字通り、本当にちっぽけな存在なのだと痛感させられる。そして、その圧倒的なサイズ感だけではなく、僕たちと同じようなコミュニケーションを取って生きる、言わば「普通の暮らし」があるのだなと心から感心させられる。また、サビクダリボウズギスモドキや、ウケグチノホソミオナガノオキナハギという一生かかっても覚えられないような名前の魚たちにも出会ったりと、海に潜るたびに興味と好奇心がとめどなく湧き上がってくる。
かれこれ20年以上、海の中に潜り続けてきたが、時折、海中でまだ生まれたばかりの、ほんの数mmにも満たない、透明な体の稚魚に出会うことがある。おそらく泳ぎ始めてまだ数日しか経っていないであろう稚魚たちも、すでに泳ぎは僕よりも遥かに上手い。海の中にいる時間だけで考えれば、圧倒的に僕の方が長いと思うのだが…。やはり魚は魚。「何でそんなにバタバタ不格好に泳いでいるの?」と言われていそうだ。
僕が生きているうちに魚たちと会話をすることは叶わないと思うが、いつまでも世界中の海に潜り続け、魚たちの生き生きとした姿、力強い行動と迫力、肉眼では見られないような繊細な模様、そして愛くるしい表情、彼らが表情や行動から発するメッセージを受け止めるように、包み込むように写真を撮りたい。湧き上がる知的好奇心を探究し、人生をかけて撮影を続けていくつもりだ。
海は広く大きく、そして深い

古見 きゅう ふるみ・きゅう

古見 きゅう

ふるみ・きゅう

水中写真家。1978年生まれ。東京都出身。本州最南端の和歌山県串本町にて、ダイビングガイドとして活動した後、写真家として独立。独特な視点から海の美しい風景だけでなく、海の生き物たちの暮らしやつながり、海の環境問題など、水中のありのままのドキュメンタリーを作品とし、さまざまな媒体で発表。著書に「WAO!」(小学館)、「TRUK LAGOON」(講談社)など多数。 2016年、撮影プロダクションAnd Nine株式会社を設立。近年は、EOSカメラでの動画作品制作も精力的に行い、企業のPVやテレビ番組などへの映像提供も多数手がける。2024年中に、写真作家生活20周年の集大成 大型写真集「Longing」を刊行予定。

古⾒きゅう・アンドナインフィルムズ https://and-nine.co.jp/

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連載 水を伝える
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