気象レーダーと雨粒の形
水・土砂防災研究部門上席研究員
2023年12月1日
2021年6月17日より、「顕著な大雨に関する気象情報」の運用が気象庁により開始され、「線状降水帯」の発生が周知されるようになりました。線状降水帯は同じ方向に移動する積乱雲が線状に並び、かつ、その風上側で新しい積乱雲が次々と発生することにより形成される、数時間持続する大雨領域です。
この領域では、土砂災害や洪水による災害発生の危険度が極めて高くなっており、直ちに適切な避難行動が必要となります。この線状降水帯は、降水の分布を瞬時に観測できる気象レーダーが全国展開されるようになって存在が確認され、現在でも「顕著な大雨に関する気象情報」の発表には気象レーダーによる観測情報が不可欠です。
気象レーダーは、大気中にマイクロ波と呼ばれる電波をパラボラアンテナから発射し、大気中に存在する雨粒により散乱された電波を同じアンテナで受信することにより雨の強さとその分布を観測します。その際、受信される電波の強さが大きいほど、強い雨が降っていると考え、その電波の強さから経験的な関係式を用いて雨の強さを推定します。しかし、この方式を用いた降雨量推定は誤差が大きく、地上の雨量計による観測を用いて降雨量を補正する必要がありました。
近年、マルチパラメータ(MP)レーダー(二重偏波レーダーとも呼ばれます)という新しい気象レーダーが登場し、雨の強さの推定方法が大きく変わりつつあります。MPレーダーでは、電場が水平および垂直に振動する二種類の電波(水平偏波/垂直偏波)を同時に発射します。大気中を落下する雨粒は空気抵抗により、雨粒の大きさが大きいほど扁平につぶれた形となり、また、電波が雨域を通過する際、電波の伝搬速度はわずかながら遅くなります。そのため、水平偏波の方が垂直偏波に比べて、電波の伝搬速度は遅くなりますが、この遅れの差と雨の強さの間には非常に良い相関があります。
この雨粒の形に由来する二つの偏波の遅れの差から雨の強さを精度良く推定するMPレーダーは、2010年より国土交通省のXRAINで採用され、雨の強さの分布情報が水平250mメッシュで1分ごとに提供されています。気象庁においても、現在、気象レーダーの更新が進められており、この新しい推定方式の利用が進められています。
国立研究開発法人防災科学技術研究所水・土砂防災研究部門上席研究員。1975年富山県生まれ。2003年北海道大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。2004年トロント大学物理学科博士研究員、2005年国立研究開発法人防災科学技術研究所入所。以降、気象レーダーを用いた豪雨・強風の監視に関する研究に従事。2023年よりプロジェクト研究「風水害の軽減に向けた観測・予測技術に関する研究開発」の研究統括を務める。
第1回
トンボで守る食の安全
第2回
水塊が生まれた記憶
第3回
汽水、匂い立つ水辺で
第4回
水の重要性
第5回
日常の水・非日常の水
第6回
水の惑星?
第7回
生命の「動的平衡」と水
第8回
水の都?東京のひみつ
第9回
土佐和紙と仁淀川
第10回
人が育む阿蘇の地下水
第11回
経験したことのない大雨と事前防災
第12回
水と医療設備の切っても切れない関係
第13回
カンボジアが水の危機に直面していると考えたことはありますか?
第14回
水利秩序の変化と昔話
第15回
奇跡の泉
第16回
完全雨水生活で気づく日常生活の問題点
第17回
水と演劇
第18回
コーヒーと水の関係
第19回
山の上の植物園
~牧野博士が遺した悩みのタネ~
第20回
山の人
第21回
「水」環境のまち
第22回
気象レーダーと雨粒の形
第23回
水は数十億年の地球の恵み
第24回
知的好奇心を探求する海
第25回
水で育つ野菜