第19回

山の上の植物園
~牧野博士が遺した悩みのタネ~

中野 善廣
高知県立牧野植物園
栽培技術課・園地管理(南園・新園地)

2023年9月1日

「植物園やったら五台山がえぇ」と牧野博士が生前残した言葉通り、植物園は高知市五台山に造られました。当初は山頂付近が候補地として挙げられていましたが、現在の五台山竹林寺下になったのには、お寺との共存共栄と振興を願いつつも、山頂には水がなく、お寺の下には井戸があるとこの当時の住職の提言からでした。しかし、当時の井戸からは水は得られず、別の井戸を掘っても水質の問題で利用できず、結局麓から水道を引くことになりました。
開園当初は屋内施設である温室を除き、園地に灌水設備がなく、水やりは水道や池から水を汲んで行っていました。雨の多い高知県でも、過去には渇水のあまり池は干上がり植物も枯死寸前で、防火用水池の水を使ってしのがなければならないこともありました。今でこそ園地が広がり、植物の種類や数も増えるに伴い、建物の地下に雨水タンクが設けられて園内に灌水用の配管が敷設されていますが、それでも限られた容積しか貯められず、渇水が続くとすぐに水が足りなくなります。大切な植物への水やりも常に水量に気を配らなければなりません。
残されている牧野博士の手紙を見ると、「場処ハ五台山の下がよいと存じます」と述べています。博士の言う通り、山の下だと水不足に悩まされることはなかったかもしれません。しかし、五台山の周囲は津波による浸水が想定されている場所で、麓にある園の圃場は高台移転が予定され、植物園は地域の防災拠点に指定されています。
一方で、大雨が降ると周囲の雨水が一挙に園内に流れ込み、池は氾濫し、園路は急流のようになり、土壌が削られます。しかしながらそのまま流れると麓での水害につながりかねず、植物園の園地が大雨の際の五台山麓の緩衝帯としての役割を担っています。
水はいつでも悩みの種ですが、植物園がこの場所にあることで水の脅威から守れることもあります。節水、治水の大切さを日々の園地管理から実感しています。

中野 善廣 なかの・よしひろ

中野 善廣

なかの・よしひろ

兵庫県洲本市生まれ。大学で環境問題について学んだことをきっかけに植物に興味を持ち、地元・淡路島にある植物園に就職。植物の育成管理のおもしろさと難しさに目覚める。その後、高知県にあるスイレン類で有名な水景庭園で多種多様な園芸植物と接し、のち2016年、念願だった高知県立牧野植物園に転職。現在は、南園と2019年に新設されたエリア、合わせて5ha以上ある園地の栽培・管理を担うリーダー。夏場の水やりはほぼ毎日、ホースを50mほど伸ばして半日かけて行っている。趣味は山登り。休日には全国の山に出かけ植物を観察し、園内の植栽に生かしている。

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