第2回

水塊が生まれた記憶

中村 元
水族館プロデューサー
マリホ水族館の「うねる渓流の森」水槽 子どもの頃の記憶に残る川の水中景観を再現した
マリホ水族館の「うねる渓流の森」水槽 子どもの頃の記憶に残る川の水中景観を再現した
マリホ水族館の「うねる渓流の森」水槽 子どもの頃の記憶に残る川の水中景観を再現した
マリホ水族館の「うねる渓流の森」水槽 子どもの頃の記憶に残る川の水中景観を再現した

2022年8月8日

初めて水中マスクを着けたのは、子どもの頃に遊んでいた川でのことだった。その時のことは今でもよく憶えている。川の大将みたいな友人が、「でっかい魚がいるから見てみろ」と彼のマスクを貸してくれたのだ。マスクを着けておずおず顔をつけると、裸眼とは全く違う青く澄んだ水中世界が広がっていた。
魚がいるという大石に向かうと、突如として銀色の筋が目の前を通り過ぎた。キラキラと輝きうねるその銀色の筋は、気泡の束が流れる姿だった。ちぎれては長く、幾筋も幾筋も目の前を踊り流れていく。そのあまりの美しさと、いかにも水中らしく躍動する軌道に目を奪われ、魚のことなどすっかり忘れて見入っていた。
これが私の生涯初の水中体験だ。この記憶は、現在の水族館プロデューサーという仕事に強い影響を与えた。魚や生物に特別興味もなく、自然科学を修めることもなかった私が、水族館の展示開発、つまり水槽づくりに携わっていられるのは、水中世界の美しさや奥行き感、浮遊感や躍動感に清涼感、そしてそこで活き活きと生活する生きものたちの姿を知っているからだ。記憶に残るさまざまな水中景観を皆さんにも体験してほしいと展示開発をしている。
このような水中景観を再現した水槽展示を『水塊』と呼んでいる。水中で体験した感動をそのまま塊にして水族館に持って来たという意味だ。私の水塊展示には、どこまでも青く広がるラグーンや、浮遊感溢れる天空のペンギンなど、海の表現が多いのだが、近頃では泡立つ滝壺を水中から見上げた水槽や、岩の間を大量の気泡がうねり流れる渓流の水槽を創り上げて評判がいい。 そう、初めての水中マスクでの感動の記憶を、ついに水塊展示として世に出せたというわけだ。水槽の前で聞こえる皆さんの歓声は、あの日の私の感動を再びよみがえらせてくれている。

中村 元 なかむら・はじめ

中村 元

なかむら・はじめ

水族館プロデューサー 集客観光コンサルタント。1980年鳥羽水族館に入社。入社5年目に、全国初となる広報担当および展示開発の部門「企画室」を起案し、企画室長に就任。地方水族館をマスメディアに最も取り上げられる水族館に導いた。世界各地での取材や調査活動の指揮も行い、そのフィールド体験を活かすことで、新鳥羽水族館移転時にはプロジェクト責任者として、初年度の来館者数280万人を実現。2002年鳥羽水族館を副館長で辞職し独立、新江の島水族館の移設監修と同時に、新江ノ島水族館の入館者数6倍(180万人)を達成させた。近著に「水族館哲学」(文春文庫)、「常識はずれの増客術」(講談社)、「中村元の全国水族館ガイド125」(講談社)などがある。

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