第20回

山の人

田村 憲久
衆議院議員

2023年10月2日

大海へと注がれるその源は、私のふるさとの山奥にあった。山の中腹よりまだ少しばかり山を登ったところに、源流がある。
私は大学卒業後、建設会社に事務職として就職したが、20代半ばの頃、人事異動で山林事業課に配属された。勤務地は、三重県松阪市内の山奥にあるログハウスの事務所であった。主にそのログハウスを起点として、来る日も来る日も奥山を歩き回り、その山林の生育状況や間伐の必要の有無などの整備計画を立てるのが主な業務であった。
雨の日もあれば雪の日も。猛暑の日もあれば、雪山に登ったこともある。大自然の恵みの中で食べる母が作った弁当は、それはもう美味しいという言葉以外の何物でもなかった。暑い日には奥山の谷水は、まるでオアシスのように見え、流れる天然水は、透明で澄み渡り、とても美味しそうで、時には両手にあふれんばかりにすくって口にしようと思うこともあった。
ある時、そんな私の姿を見て、山の人がその谷川の大岩や石を乗り越えて近寄ってきた。山の人は私に話しかけてきた。「お兄ちゃん、谷川の水は危ないよ。山に生きる多くの野生動物の死骸や糞尿が含まれていることもあるし、そこらここらにヒルがいることも多いよ」と。今から思うと当たり前の話だが、当時の私には思いもよらないことだった。当時、水源である奥山の谷川の水は、どんな水道水よりもきれいだと思い込んでいた。
谷川を流れる雨水とは別の形で山肌に浸透していく水は、やがて地下水や湧き水となる。雨水が長い歳月を経て、さまざまな地質の地層に浸透し、ろ過される。その際、カルシウムやマグネシウムなどの豊富なミネラル成分を取り込んでいる上に、その水は浄化されて、さらにおいしくなる。山に降る雨水はそのような過程を経て地下水などとなり、私たちの生活に潤いを与えてくれる。
私は現在、衆議院議員として、水道事業促進議員連盟会長ならびに下水道事業促進議員連盟会長を務めており、水に関わる政策立案に取り組んでおります。私たちの暮らしに欠かせないライフラインとしての「水」について、山や谷川の水の有難みを心に刻みながら、公衆衛生や、自然災害の防止や復旧の観点も含めて、今後とも上下水道政策にしっかりと取り組んでまいります。

山を守り、水を守ります。

田村 憲久 たむら・のりひさ

田村 憲久

たむら・のりひさ

衆議院議員(自由民主党所属)。選挙区は衆議院三重県第1選挙区(津市・松阪市)。第16代・第23代厚生労働大臣。昭和39年12月15日生まれ。国立千葉大学法経学部卒業。平成8年10月の衆議院議員初当選以来、9期連続当選を果たす。働き方改革担当大臣、裁判官訴追委員会委員長、総務副大臣、文部科学大臣政務官、厚生労働大臣政務官、衆議院厚生労働委員会委員長などを歴任。現在は、自由民主党政務調査会会長代行、社会保障制度調査会会長、水道事業促進議員連盟会長、下水道事業促進議員連盟会長、子どもの貧困対策推進議員連盟会長、身体障害者補助犬を推進する議員の会会長を務める。

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