第1回

トンボで守る食の安全

杉村光俊
公益社団法人トンボと自然を考える会常務理事 
ミヤマアカネ(愛媛県久万高原町黒藤川)

2022年8月1日

田んぼが語源とされるトンボは、まさに水の化身。ただ、ヒトがそのまま飲用できる渓流の水から、生活排水が流入する下水路まで、その生活環境は種類によって異なる。そんなトンボの保護をライフワークとしてから、はや半世紀。この間、トンボ類が生息できる水辺環境は都市圏のみならず、地方においても過疎化による荒廃が顕著、残念ながらここ四万十川流域も例外ではない。
そして、類似環境では絶滅する種類の順番もほぼ決まっている。もちろん、水質をはじめ、清浄な環境への依存度が高い種ほど早く姿を消す。いまや、日本で記録されている約200種のうち、25%ほどがレッドリスト種。存在が遠ざかったためかトンボを怖がる子どもが増加したことも、その保護活動をより困難なものにしている。
そこで、近年は現代人が強い関心を持つ「食」に着目している。今、多くの人々に注目していただきたいのは、ハネの斑紋が美しいミヤマアカネ。寒冷地育ちで、谷水を引き込んだ真夏でも水温が上がらない山間の水田地帯を主な生息地としている。
実は、そんな水田で育つ米は美味とのこと。つまり、環境変化にも敏感なミヤマアカネが生息する水田で育つ米は安全で美味、というわけだ。また、山間地の棚田には保水機能があり、平野部への洪水抑止効果もある。日照確保のための周辺伐採に加え有機栽培も考慮すれば、米価は多少高価にならざるを得ないが、健康寿命の延伸や洪水リスクの軽減など、社会的メリットも少なくない。
平地が少ないわが高知県。かつては相当な深山(みやま)にも水田を中心とする耕作地が整備されていて、日照に恵まれた生態系豊かな谷川には随所にウナギも生息していた。多くの日本人が先行投資的発想でミヤマアカネ米を求めるようになれば、地方の過疎化が解消されるとともに、高騰したウナギもお手頃価格になるに違いない。

杉村光俊 すぎむら・みつとし

杉村 光俊

すぎむら・みつとし

日本のトンボ研究家(日本トンボ学会会員)。トンボ保護区「四万十市トンボ自然公園(通称・トンボ王国)」の実質的運営組織である公益社団法人トンボと自然を考える会常務理事。高知県四万十市生まれ。小学2年生の夏、「掃除中に窓から飛び込んできたオニヤンマを捕りそこねた」という母の言葉により、トンボ収集に開眼。その後、高校3年生の春、四万十市内のベッコウトンボ記録地埋め立てを目の当たりにしたことがきっかけで、トンボ保護がライフワークに。1983年、トンボ保護への関心を高めようと、自宅の一角に標本や生態写真を展示した「トンボ・ギャラリー」を開設。1985年に世界自然保護基金(WWFジャパン)のバックアップを得て、同市内田黒池田谷を舞台に「トンボ保護区づくり」をスタート。主な著書に「トンボ王国」(新潮社)、「トンボの楽園」(あかね書房)、「シオカラトンボ」(集英社)、「パノラマ図鑑トンボ」(講談社)、「トンボ王国へようこそ」(岩波書店・共著)、「日本産トンボ幼虫・成虫検索図説」(東海大学出版会・共著)、「原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑」(北海道大学図書刊行会・共著)、「中国・四国のトンボ図鑑」(いかだ社・共著)がある。

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