第14回

水利秩序の変化と昔話

古橋 達弘
大東文化大学地域連携センター講師

2023年4月3日

日本の昔話の一つに「蛇婿入・水乞い型」という話があります。干上がった田を見て途方に暮れた父親が「誰ぞ水を入れてくれたら、三人娘から一人嫁にやる」と溢すと、池の主である蛇が応じて引水する。ことの次第を娘たちに伝えると、長女と次女は拒み、三女が了承して、針千本と瓢箪を携えて蛇の棲む池へと向かう。三女は瓢箪に針を刺して投げ入れ、それを沈めてみせれば嫁になると蛇に告げ、蛇はそれを沈めようとして針が体に刺さって死ぬ、という話です。
蛇は水田農耕神や水神として信仰の対象となるなど多方面で活躍しますが、この昔話では主とあるので、劫を経て霊力を得た大蛇で池を支配する動物です。主といえば、仇なす物怪として退治されるという例はあります。しかし、この昔話の蛇は水涸れた田を潤したにもかかわらず殺されます。婚姻だって蛇からの要求ではありません。なのに、なぜ蛇が死んで大団円となるのか釈然としません。
そこで、この昔話の成立時期や伝播経路などはひとまず脇に置き、昔話は現実を語るものではないとはいえ、口伝のうちに時代の影響を受けるものとして少し考えてみることにします。
日本では弥生時代には既に高度な潅漑の形跡が見られ、後の水田開発拡大に伴い、用水配分を巡る水争いが頻発するようになります。水利秩序は神頼みではなく、人の手にあったのです。しかし一方で、雨乞いや水害除けには神が不可欠だったことを考えると、天水は神、用水は人といった対照的な関係が見えてきます。
他方、三女は父親の期待に応えるものの、蛇を欺き殺すという善悪二面性を持ち、さらに三女は人外の棲む池の端という境界に立つことで一時的に両義的存在になりますので、三女にはトリックスター(秩序を変える者)的な性格が見られます。三女は池の支配者を斃すことで水利権を奪い、人による排他的・継続的池水使用という新秩序を齎します。
こうしてみるとこの昔話は、用水の確保と現実的な水利秩序を構築していく様を説明しているように思えるのです。

古橋 達弘 ふるはし・たつひろ

古橋 達弘

ふるはし・たつひろ

大東文化大学地域連携センター講師。専門はアジア地域研究、民俗学。

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連載 水を伝える
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