2022年9月20日
東京は「水の都」とも称される。かつては運河や水路が縦横に築かれ、多くの船が行き交った。イタリアのベネチアのように水辺が奏でる豊かな風景が昭和の中頃まで存在した。残念ながら、それら水路の多くはモータリゼーションの進行とともに埋め立てられ、自分たちが水と接する機会も減ってしまった。
上記は主に皇居よりも東側の世界の話で、皇居西側では「水の都」としての異なる世界が広がっている。二つの世界が並列しているのが巨大都市・東京の面白いところで、皇居の西側すなわち「山の手」と呼ばれるエリアは、湧水スポットが至るところに点在する(点在した)、ユニークな地形を成す。その地形こそが武蔵野台地で、テーブル状のほぼ平坦な台地の東端に皇居は位置しているわけだ。
山の手を流れる川、例えば神田川も石神井川も渋谷川も目黒川もみな、武蔵野台地にある湧水を源とする自然河川だ。神田川の源流は井の頭池(三鷹市)で、現地に行くと池の周囲が崖で囲まれたスリバチ状の地形であることが分かる。武蔵野台地は雨水を浸透させてしまうため水利に乏しい一面があるが、至るところに凹状の湧水スポットが存在するのも特徴の一つ。それらは地域のオアシスとして古代から人の営みを支える存在だった。
思えば江戸時代初期に築かれた神田上水は、神田川の流れを利用したものなので、江戸の町の成立も武蔵野台地特有の湧水があってのものだった。湧水がつくった独特な凹地形を「スリバチ」と名付け、それらを巡る冒険を自分は続けている。
都心部においても湧水が形成したスリバチ状の窪地が、実はたくさん残されている。山の手と呼ばれる都心部に、坂が多いのはそのためだし、渋谷をはじめ四ツ谷・市ヶ谷・谷中など「谷」のつく地名が多いのもその証拠。興味を抱いた方は水の都・東京の、いにしえのオアシス=スリバチ巡りに出かけてみてはいかがだろうか。
皆川 典久
みながわ・のりひさ東京スリバチ学会会長。2003年に東京スリバチ学会を設立、凹凸地形に着目したフィールドワークを開催し、観察と記録を続けている。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を上梓、町の魅力を発掘する手法と取組みが評価され、2014年に東京スリバチ学会としてグッドデザイン賞を受賞した。タモリ倶楽部やブラタモリなどのTV番組やラジオ番組に数多く出演。2020年には昭文社『東京23区凸凹地図』を監修、『東京スリバチの達人・分水嶺北部編/南部編』を同時出版し、シリーズ化が始まっている。最新刊に『東京スリバチ街歩き』(2022年・イーストプレス社)がある。
東京スリバチ学会 (Facebook)